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Column コラム

イノベーションのお作法1

Hiroki Tanahashi

イノベーションメーカー
棚橋 弘季

黒人。「こくじん」ではなく「くろうと」と読みます。

夏目漱石が1914年の東京朝日新聞に書いた「素人と黒人」というエッセイが好きです。「黒人」は「こくじん」ではありません。「くろうと」と読みます。

ここでの「くろうと」はプロフェッショナルというより専門家です。
漱石はこのエッセイで、黒人=スペシャリストが陥ってしまう問題を指摘しつつ、素人的姿勢=アマチュアリズムを讃えているのですが、”イノベーション・メーカー”を名乗る僕にとって漱石のいうアマチュアリズムはすごく大事な姿勢だと思うんです(「イノベーション・メーカー」って何?と思った方はこちら)。

そう、姿勢。イノベーションをつくりだそうとする際の姿勢です。

イノベーションをつくりだそうとあれこれ格闘していて思うのは、そこに形式知化できるような方法ってないよなーってことです。
方法を使えばなんとかなるなんてことは1つもない。むしろ、身体にしみ込んだ作法だったり、意識しなくても出てしまう身のこなしだったり、そんな日々の活動へののぞみ方=姿勢をイノベーション用に変えなくてはどうにもならなかったりします。逆に、イノベーションのための方法という名目で体系化された知識だけを表面的に追いかけてるだけでは、かえってイノベーションからは離れていってしまうはず…。

と、そんな風に日々感じていることを、今回あらためて言語化してみようか、と。題して「イノベーションのお作法」。

そう思ったとき、ふと頭に浮かんだのが、漱石のアマチュアリズムだったんです。

人の立てた門をくぐるのでなく、自分が新しく門を立てる

専門家は、ともすれば物事のディテールにどんどん深く分け入っていって細かなところばかりが目につくようになり、全体的な輪郭を見なくなる…、漱石が指摘する専門家の問題は、ここにあります。

しかも、専門家はただディテールにこだわるだけでありません。
細かなところにまで目を行き届かせ、ディテールにまで及ぶ知を獲得し積み上げていくことが良いことだと信じて疑わなかったりします。ある物事に対して、より深く、より詳細な知識を身につけ、それを元に思考を紡いだり、作品を組み立てれば、より良いものができると考えがちです。

けれど、それは「黒人(くろうと)のイリュージョン」だと漱石は言います。
そして、素人のほうが細かなディテールを見分ける眼はないが、全体の輪郭を既存の知の枠組みにとらわれずに直感的に見ることができるから良いのだと言うのです。

既存の枠組みから抜け出すために先進的な人とのトークセッションを行うケースも

既存の知の枠組みにとらわれずに」というところがポイントです。
それは、深く詳しく物事を知り、その知を積み重ねていくことで、より価値あるものが生み出せるようになるといった、従来の社会における学問や研究などに対する捉え方とは真っ向から対立します。
漱石は、既存の知の枠組みが新しい価値を生み出す際には邪魔になりやすく、むしろ、そうした既存の知の枠組みにとらわれない素人の眼のほうが新たな価値を生む可能性を秘めていると考えたのです。

それはエッセイの最後にある次のような文章にもよく表れています。

昔から大きな芸術家は守成者であるよりも多く創業者である。創業者である以上、その人は黒人ではなくって素人でなければならない。人の立てた門を潜るのでなくって、自分が新しく門を立てる以上、純然たる素人でなければならないのである。

夏目漱石「素人と黒人」『私の個人主義ほか(中公クラシックス)』より”

ほら、まさにイノベーションに通じる話ですよね?

イノベーションって、まさにここで漱石が言っている「人の立てた門をくぐるのではなく、自分が新しく門を立てる」活動です。

自分がこれから門を立てるのだから、その門についての情報などあるはずがありません。情報がないのだから、専門性など成り立たない。それは、自分がこれから進む先の地図がないということでもあります。いや、地図どころか、そもそも道さえなかったりします。道なき道を進むのですから、誰もが素人です。

まだない商品については提供者と利用者という垣根はない

僕が関わる仕事も、まさに「人の立てた門をくぐるのではなく自分が新しく門を立てる」ような仕事です。

クライアントであるメーカーといっしょに新しい商品を考える仕事にたずさわることが多いのですが、それはテレビや自動車とかいう既存の商品カテゴリーのなかで新しいテレビや自動車をつくる仕事ではありません。
誰かがつくった商品カテゴリーのなかで考えるのではなく、商品といっしょに新しい商品カテゴリーも生み出してしまうような、そんな商品を考え出す仕事です。あるいは、既存の商品カテゴリーを再定義する、そんな商品を考える仕事。

一般の人も参加してユースケースを考えるTelepathyのIdea-thonでの一コマ

当たり前ですけど、商品カテゴリーもまだないような商品を考えなくてはならないので、誰もが最初の段階では素人です。

だから、本当は、その時点では商品の提供側と利用する側の垣根もないはずです。
これから商品を作ろうとする側が、これからまだない商品を使うことになるかもしれない側以上に知っていることなど何もない。双方とも同じくらい素人です。

ここを誤解して、自分たちとそれ以外の人のあいだに、ありもしない境界線を設けてはいけません。でも、実際は誤解は頻繁におき、ありもしない境界線を前提にしてしまうことが多いんです。

よく共創とか、Co-designという言葉を使って、商品の企画・設計の段階にユーザーを巻き込もうと言ったりしますが(実際、僕も巻き込みます)、正しく認識するなら、まだない商品について考えるのですからユーザーと提供側といった垣根はないわけです。
本当は、単に組織の外部の人にパートナーとして参加してもらって、いっしょに未来の商品を考えているというだけなんですが、あたかも専門家と素人のような幻想の境界線を勝手に引いてしまい、共創やCo-designの場をつくるのに躊躇してしまうなんてことが起きてしまったり。

このあたりは本当に、自分たちの旧来的な考え方、見方を変えなくてはいけないところです。

地図もなければ行く先も定かではない、道なき道の歩き方

また、僕が関わるような仕事では、はじめの時点ではどんなものを作るかが決まっていないというだけでなく、何のための商品かも明確には決まっていないことがほとんどです。先ほど道なき道を行くのがイノベーションの活動であると書きましたが、道がないだけでなく、実は決まったゴールもないんです。

つまり、暗中模索。

ここまで書くと、なんとなく想像できると思いますが、いわゆる計画というものは、この手のイノベーションに関する仕事ではまったく役に立ちません。達成すべきゴールを決めて、そこに辿り着くための工程を地図を使いながら計画し、そのとおり実行できるよう、リスク管理も含めてマネジメントする。そういう従来的な方法が成立しない。

利用者になりそうな人に商品コンセプトの評価をしてもらう。

とはいえ、行き当たりばったりに進めるわけではなく、自分たちの仮説をできるだけスピーディーに現実世界(机上ではないという意味)での実験を通じて検証しながら、進むべき道を見出していくというマネジメントをします。

そのマネジメントのアプローチがいわゆるリーン・スタートアップ。
人はこういうことに困っているのではないか? それをこんな方法で解決しているのではないか? そんな困りごとに関する仮説も、ソリューションアイデアに関する仮説も、すぐに対象となる人に協力してもらって検証します。
仮説としてある未来を、現実世界にぶつけてみることで、未来を現実化するための学びを得る。その繰り返し、繰り返し。そうやって、ようやく未来の輪郭が見えてくる。実験という現実世界との共同作業です。

僕はそれが素人であるイノベーターが、道なき道を歩くための基本姿勢だなと思ってます。

専門性の衣を脱ぎ捨てて、素人になる

結局、この既存のフレームワークが使えないような状況で、現実世界との共同作業を行っていかなくてはいけないというところが、素人として立ち向かうという基本姿勢を強いる理由なんだろうなと思います。

それまで、なんらかの職能をもった専門家としてやってきた人がその専門性の衣を脱ぎ捨てて、素人になるというのはなかなか大変なものです。でも、素人になると、それまでフィルターのせいで見えなかったものが見えてきて、ワクワクするはずです。

そのワクワクを大事にする思いこそがイノベーションを実現するためには欠かせない。僕はそう思っています。

執筆者

Hiroki Tanahashi

イノベーションメーカー棚橋 弘季

芝浦工業大学卒業後、マーケティングリサーチの仕事を経て、1999年頃よりWeb制作の仕事に携わるように。2004年からは株式会社ミツエーリンクスにてWeb戦略立案や人間中心設計によるコンサルティング業務に従事。 2008年からは仕事の対象をWebからプロダクト/サービスへとシフトし、株式会社イードにてユーザーリサーチやインタラクションデザインに関するコンサルティングを経て、2009年株式会社コプロシステムにてクライアント企業のための新規商品/サービス開発支援業務や社内イノベーター育成のための教育プログラムの提供などを行う。 2013年にロフトワーク入社。サービスデザインの領域を中心に、クライアントのビジネス活動にイノベーションを実現するための支援業務を担当する。

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