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mitsu_suwa

代表取締役社長
諏訪 光洋

NYとブルックリン、ローカルとグローバル、それとFabCafe

NY(ニューヨーク)に行きました。 ロフトワークがスタートしたのは1999年前後に僕がNYでデザイナーをしていた時。それ以降毎年NYに遊びに来ているのだけど今回はちゃんと仕事も兼ねています。

それはFabCafe NYのロケーション探し。


6月のNYはとっても気持ちいい

NYは歩いて楽しい街。それにロケーションを探す、ということもあって今回の旅では30キロ以上歩いた。東京が駅を中心にエリアと文化がつくられているのに対し、NYは道(ストリート)を中心にエリアと文化がつくられている。マンハッタンは東京よりも狭く、密度が濃いことも歩いて楽しい街。そして東京が恵比寿と渋谷と六本木、それぞれカルチャーや人が違うように、SOHOでもストリート(横の道)やアベニュー(縦の道)によって雰囲気が少しづつ違う。

今年は時間のほとんどをダウンタウンとブルックリンで過ごした。

アッパー・ウェストにある市役所みたいなところで事務処理を終え、そのまま東へ歩いてセントラルパークを散歩しながら東に抜けるとアッパー・イースト※地図(1)。アッパーイーストはNYマンハッタンの中でもお金持ちが多く保守的なエリア。Madison Ave.沿いに高級メゾンが並び、その南端にバーニーズニューヨークの旗艦店がある。で(トイレを借りに)ちょっと入った..ら驚いた。ぷらーんとハンガーにぶら下がって売っているバッグが7,700ドル。1Fで売られている女性向けのバッグは3,000ドルが中心。女性向けの靴も平気で2,000ドルする。知らなかった。ハイファッションってこんなことになってるんだー、、と思い地元のデザイナーといろんな話をするとなんとなくわかった事があった。

アッパー・ウェストのカフェ※地図(2)で時差ぼけでフラフラしながら

まずひとつはNYで生活するホワイトカラーの平均年収が「かなり高い」ということ。友人のデザイナー(割と普通)は年収800万円。そして「足りないわー!」とぼやいている。その彼女にバーニーズの話をしたら「あそこらへんで買うのは選ぶヒマが極端に無い超お金持ちで年収5000万円(A-Half-Million$)クラスの人たちよ。今はいっぱいいるから」と。つまりホワイトカラーの平均年収が高い、だけじゃなくて日本にあまりいないレベルのお金持ちが沢山集まっている街でありそのマーケットが存在しているらしい。ほえー。

車の運転席にペンギンが

NYやSF(サンフランシスコ)での年収が随分高くなっていることはうすうす知っていた。それも急にあがったわけではなく毎年ジワジワこの10年気がついたらずいぶん東京よりも高くなってる感じ。マンハッタンの不動産の価格も2000年の頃すでに随分高かったけどリーマンショックの1年以外、あがりつづけている。僕は実体のあまり無いバブルなのかなと思っていたけど、どうもそれだけでは説明がつかない。いったいどんな現象なんだろうと思っていたら、最近それをかなりうまく解説している本を読んだ。

SOHOで人気のコワーキングスペース”The Fueled Collective”。 ※地図(3) デジタルエージェンシ”Fueled”が運営。かなり広くてもうイノベーションセンターといってもおかしくないスケール。今回FabCafe NYを一緒に計画しているSix Apartも今はここに入居中。

エンリコ モレッティというカリフォルニア大学バークレー校の経済学者が書いた「年収は住むところで決まる」という都市経済の本。2つの趣旨があり、そのひとつはSFやNYのように成長する「イノベーション企業」が集まる都市の高卒者と衰退する都市の大卒者の年収が逆転する、という都市間格差の話。

年収は住むところで決まる / 著:エンリコ モレッティ

もうひとつの趣旨はイノベーション企業が米国のエンジンになりつつある事とそれを指し示すデータ。「イノベーション企業」はITやIoT関連だけではなく、エンターテイメント、環境、マーケティング、金融まで”ほかの人がまだつくってない製品やサービスを生み出す企業”とこの本では定義されている。そしてイノベーション企業はSFやNYといった限られた都市に集積し、その「人の集積」が意外な程雇用を生み、価値を生み、力を生み出しているという事実。

“ハイテク産業で新たに1件の雇用が生まれると、その地域でサービス関連の新規雇用が5件も生み出される。これに対して、伝統的な製造業の場合には、1件の雇用増が生み出す新規雇用は1.6件にすぎない。”

“ハイテク産業の乗数効果がことのほか大きい理由はもう一つある。この分野の企業が互いに寄り集まる傾向が強いことだ。都市にハイテク企業が一社生まれると、将来、さらに多くのハイテク企業が生まれる可能性が高い。ハイテク企業の集積地では、そこに拠点を置く企業のイノベーション能力が高まり、好業績をあげられる確率が高まるからだ。”

NYに来るたびに”バブル続くなー”と思ってたけど、ちがった。そういうことだったんだ。

泊まったホテルは”The Standard, East Village”※地図(4)。場所はその名の通りイーストビレッジ。The Standard系らしくセンスのよいデザインとほどほどの広さ、そして今回はダウンタウンではめったにないほどの見晴らしのいい部屋!数年前からイーストビレッジらしからぬシャキーンとした建物をつくってるなーと思ってたらここだった。

上手だな、と思うのはエントランスとフロントに築100年経ってるボロっとした小さなビルを使っていて、宿泊に新しい建築をあててるところ。空間の洒落っ気、NYはほんとに上手です。

部屋の窓から。こんなに景色の良いダウンタウンのホテルははじめてで幸せ。

場所は今元気で力のあるBowery沿い6thStreetのあたり、魅力が増して来ているエリア。どこにFabCafeをつくるかがこの旅のひとつの目的なのだけど、このホテルを北端にSOHO向き南に歩いて行けばよさそうなスポットが沢山。力のあるストリートが沢山あるNYだけどBoweryはその中でも面白く変化している道のひとつ。コンテンポラリーアートの美術館”NEW MUSEUM”※地図(5)を起点に今回泊まったホテルがあるイーストビレッジまで活気が伸びている。

New Museumにて。"Ragnar Kjartansson”の作品。6,7人のストリートミュージシャンが同じ歌をずっと繰り返すライブをしながらの映像作品。皆ソファや床に座って15分以上楽しんでた。

カフェの様子も随分変わった。東京と同じく、数年前までスターバックスがひたすら街中に増えていたのだけどさすがに頭打ち。一方で米国西海岸から生まれた”サードウェーブコーヒー”のトレンドがNYにも到達し、個性的なカフェが沢山生まれて来ている。僕が気に入ったのはホテル近くにあった”La Colombe Torrefaction”※地図(6)。 カッコイイ、オイシイ、そしてなんか楽しそう。La Colombe Torrefactionは他にもSOHOなど3店舗にでもLa Colombe Torrefaction だけではなく、ほんとうにさまざまな特色あるカフェがうまれてきている。

Nolita (North Of Little ITAly)の“La Colombe Torrefaction”。周囲には出版社などクリエイティブ系のオフィスが多いエリア。皆の「サードブレース」になってる空気が流れて気持ちいいカフェ

FabCafe NYを一緒に計画している関さん、そして奥さんの紫都さんと一緒にタイ料理。

East Villageにはギャラリーも増えていた。

それともうひとつブルックリンの話。2000年以前からデザイナーをはじめクリエイターが高いマンハッタンの家賃を避け、広い作業場を求めてブルックリンに移動をしはじめていた。特に好まれたのがウィリアムズバーグ※地図(7)とわれるエリア。日本でも「ブルックリン」という言葉は20年前はブロンクスやハーレムとごちゃまぜに「恐い」エリアを意味するものだったのが、日本の雑誌でブルックリンが特集されるほどトレンドを生み出す認知が生まれて来ている。

ウィリアムズバーグにもBlue Bottleが。

今やブルックリン・ウィリアムズバーグはひとつのクリエイティブな生態系を持っているようにみえる。マンハッタンには無い新しいムーブメントやスタイルがある。例えばここ最近NYのおみやげにしている"MAST BROTHERS"※地図(8)はブルックリン生まれのチョコレート屋。サードウェーブコーヒーと同じく、生産地に拘りチョコレートによっては「ひとつの産地・ひとつの豆の種類」の”シングルオリジン”のチョコレートもつくっている。

"MAST BROTHERS”の店舗兼工場。コーヒーのように1つの産地からつくられた”シングルオリジン”のチョコも売ってる。ちなみにカカオがビビッドなので多くが酸味が強くて苦い。林千晶は一口かじって出してた。

Brooklyn Bridge※地図(9)を渡りDUMBOエリアへ。昔ここをよくジョギングした、っていうとカッコイイけど実は坂はきついし、一本道でバリバリ追い越されるし、つらかった。。

DUMBOのカフェ※地図(10)。僕がいたころは汚いピザ屋しかなかったのだけど、今はこんな素敵なカフェまで。ちょっとくやしい。

1999年、デザイナーだった僕がロフトワークをつくろうと思った理由はそのころまだクリエイティブがローカルや人づてでしか流通していなかったから。これを新しく皆が使い始めた「インターネット」を通じて流通させようとしてDBでありクリエイターのコミュニティでもあるロフトワークをつくった。

2001年にはクラウドソーシング的なサービスに進化させたけどそれが失敗し、それから今の「社内にクリエイターがいない」ちょっと変わったクリエイティブエージェンシーがつくられてきた。プロジェクトマネジメントを強化し、オンラインのマネジメントツールや情報共有のシステムを駆使し、オンラインで大規模なチームをつくり大規模なクリエイティブプロジェクトを担うようになってきた。

でもオンラインだけでは十分な成果を生み出すことが出来ない事が出てきた。それは新しいサービスやプロダクトをつくることや、エクスペリエンスを考えること、イノベーションに関わること。オフラインの重要性。それは前述した『年収は「住むところ」で決まる』の本で表現されている「これからの都市のありよう」にもかかわってくるのかもしれない。

FabCafeはデジタルなものづくりカフェでもあり、ローカルなクリエイティブコミュニティでもあり、ローカルなクリエイティブコミュニティのグローバルなネットワークでもある。

“人類の歴史上、生産性と生活水準の上昇を力強く牽引してきたのはつねにイノベーションと技術の進歩だった。 私達の物質的幸福は、新しいアイデア、新しいテクノロジー、新しい製品を生み出し続けられるかどうかにかかっているのである。”

関さん撮影。ブルックリンを歩き回ってこのころにはもうヘロヘロ。

イノベーションが求めるグローバルからローカルへの帰還。オンラインとオフラインの融合が生む価値、デジタルなモノづくりの進化。「ローカル発でリアルなサービスやプロダクトを考えつつでもイノベーティブなもんだからいずれは世界に波及する」FabCafe自体がそんな装置なのだけど、プラットフォームとしてその上に同じように「ローカルでオモシロイんだけど世界に発信してもいいよね」っていうアイデアの流通の装置、、になったらいいなと思っている。

だからNYにFabCafeが出来ると楽しいなって思っています。関さん、がんばろうね!

執筆者

mitsu_suwa

代表取締役社長諏訪 光洋

1971年米国サンディエゴ生まれ。
慶応大学総合政策学部(SFC)を卒業後、JapanTimes社が設立したFMラジオ局「InterFM」(FMインターウェーブ株式会社)立ち上げに参画。クリエイティブ業務を経た後、同局最初のクリエイティブディレクターへ就任。1997年渡米。School of Visual Arts Digital Arts専攻を経て、NYでデザイナーとして活動。2000年にロフトワークを起業。

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