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Column コラム

氷の都ヘルシンキ、微笑みの楽園バンコク、それと一見関係ないIoTの話

諏訪光洋

代表取締役社長
諏訪 光洋

氷の都ヘルシンキ、微笑みの楽園バンコク、それと一見関係ないIoTの話

2月はじめのヘルシンキは寒さもゆるんできて東京の一番寒い日がもうちょっと寒くなったくらい。新しいダウンジャケットを買って行きたくなるけど、そのコートでも大丈夫。

10日前までフィンランドのフィスカルスという村と首都ヘルシンキ、その後には今年2回目のタイ・バンコクに訪れていた。チケットはKayakというサイトで検索し、数十あるプランからコストと質、そして仕事のミーティングに合致したフライトプランを選んだ。ヘルシンキの空港でフランクフルトを訪れていた2人と待ち合わせをし、レンタカーでフィスカルスに向かった。

アジア各国で見かけるトゥクトゥクにもUberのおかげで乗る機会が減ってきた。でも夜飲んだ後の(ほんとはノロいけど)疾走感は楽しいよね。

旅の姿はこの10年で大きく変わった。

今や世界中のおおよそ僕らが訪れる都市、言葉が通じない国で、スマートフォンのGoogle Mapsを使い迷う事なくホテルや目的地にたどり着ける。読み方がわからないタイ語の目的地でも、スマートフォンをタクシー運転手やトゥクトゥク(3輪バイク)にみせれば、運転手は迷う事なく操作をし、目的地を把握し連れて行ってくれる。さらにUberを使えば目的地を事前に入力し「サワディカップ(こんにちは)」「カップンカップ(ありがとう)」2つの挨拶だけで、目的地を示さず、財布を出す必要もなく目的地にたどり着けてしまう。

トラベラーズチェックを最後に見たのはいつだろう?クレジットカード処理は世界の隅々まで行きわたり、ホテルには両替機があり、ATMでは日本のクレジットカードでユーロが引き出せる。

出発の直前、僕は日本の空港で「コンセント・フィンランド」と検索し、その5分後に対応プラグを購入した。都市のホテルでチェックアウトに列をつくる必要はなく、事前もしくは一瞬で処理は終わり領収書はメールで送られてくる。Airbnbを使えばバルセロナのセレブな生活をつかの間楽しめたり、5,6人でのビジネストリップを活気ある旅にできたりする。

8年前、NYで僕は旅の2割くらいの時間をWifiスポット探しで使っていた。今はどのキャリアでも多少の追加料金で到着した瞬間からLINEやメールを使えるし、フライト中でもネットが使える便も増えてきている。世界中のホテルやカフェでは当たり前のようにWifiが使える。

世界一コーヒーを飲む、と言われるフィンランド。日本でも増えた浅煎りフレッシュなコーヒーが主流。 湾沿いのJohan&Nystronにて。驚くべきは、支払いが「カードオンリー」で現金(ユーロ)はNG。

空港や駅での出発遅延はWebサイトで把握ができ、近くの居心地のよいカフェやバーはTripAdvisorですぐに見つけることができる。旅の達人が残した数多くのブログは、共感できる質の高い旅の追体験を実現してくれる。

旅人にとって日本は相当やっかいな国だったはずだ。英語サイトのほとんどは情報が乏しく事前の下調べも難しい。渋谷や新宿は迷路のようだし日本語は皆目検討がつかない。話しかければ戸惑う人も多く入店拒否をするレストランもあった。タクシーに乗って目的地にたどり着くだけで大変な苦労があった。

僕らの旅の体験を大きく変えたのは、Webテクノロジーやインターネットの影響が大きい。
では次の10年、僕らの旅はどう変わるんだろう。

ヘルシンキ中央駅。長距離列車や国際空港までの列車はここに。(文中で渋谷や新宿の記載をしたけれど)やっぱり「レガシー」なUXが多く迷わされるのはどこの中央駅も同じ。

日本と同じく移民に比較的クローズドなフィンランド。でもこの日は“Restaurant Day”で、さまざまな国(日本のタコヤキもあったよ!)からポップアップの屋台が町と公園に出店。美味しかった。

タイは屈指の「世界の観光地」。日本もようやく1,300万人を突破したインバウンドだけど、タイは約倍の2,500万人。大先輩なだけあって居心地の良いホテルが沢山。

僕はきっと「ヒルトン」や「シェラトン」などのブランドを選ばないだろう。その代わりにその都市の香りがするホテルやAirbnbを選ぶ。仕事と旅の境界はもっとなくなり、ロフトワーク台湾のTimと東南アジアの都市で出会い、そこから2時間はなれた地域企業とミーティングをしている。ローカルなクリエイターや友人とのディナーが旅で欠かせない価値を生み出すようになる。

旅先での自転車や電動バイクでの移動はもっと当たり前になる。地元の食材や料理法を使った料理を楽しみ、そのレシピの一部を家で楽しめる。高級ブランドの価値は下がりローカルブランドやローカルな製品・技術・食・素材の価値があがる。旅先で友人が生まれ、ビジネスが生まれる。都市をまたぐプロジェクトはスピーディにつくられ、出会いと価値と成果を生みだす。

クラウド化されたサービス、オープンソース化されたデータ。それらにローカルな素材や技術と人の出会いが組み合わされ価値を生み出す。

Skypeはこの先どんなに性能があがっても、旅を通してつくられる信頼関係と情熱には勝てないだろう。そしてその旅を通して紡がれるコミュニケーションがもっとエキサイティングに価値を生む。

IoTという言葉を聞いて何を思い浮かべるだろう?インターネット冷蔵庫は随分前からメディアがとりあげている。僕ならその割に合わないチャレンジをしない。コモディティ化されたものをネットによってサービス化することは、皆がやっている。そしてそのほとんどは残念な結果になっている。

旅先の地域や地方には固有の価値が沢山ある。日本にもたくさんの技術、文化、サービスが地域にある。それらをネットやWebにつなげる。多くの企業が「広い意味で」ローカルな技術やリソースを沢山持っている。それらをWebやネットにつなげることにIoTの本質がある。

フィスカルスで家具メーカー“NIKARI”でCEOのJohannaとミーティング。ヒダクマ・ロフトワーク両方の視点から学びが沢山あった。

ヘルシンキデザインウィークを主催しているKaliに招かれデザイナーの発表パーティに。右端がKali。

北欧の赤ちゃんは真っ白で本当に天使のよう。フィンランドの出生率は上昇傾向にあり1.8(最悪期は1.5)。50年以上続けた施策「ネウボラ」が成果を生み出している。

使っていない特許、その場所でしか作れないレンズ、伝統的な製法で作られる織物、使い道に困るセンサーと技術、新しい製品を生み出せなくなったラボ、ひどく薄い金属バネ。

企業や地域が持つ既存の技術やリソース。そこには自分たちでは気づかないけれども大きな価値がある。既存の技術やリソースや場にネットを通じて新しい出会いを生み出しサービス化する。そこにIoTの本質がある。「インターネット包丁」をつくるより、トップクオリティの和包丁を世界トップの料理人のために提供するための仕組みづくりや対話の機会をネットも含めてつくりあげる。それが他の貴重な業物や器に広がる。その方がずっと世界に価値をもたらすし素敵な上にビジネスに広がりがある。

日本のタクシー最大手である日本交通のアプリとサービスは、日本のタクシー業界において飛び抜けてよくできている。日本交通アプリにしてもUberにしても、インターネット冷蔵庫のようなインターネットタクシーではない。日本交通アプリはタクシーという既存のリソースをネットサービス化し、Uberは自家用車というリソースをネットを使いタクシーサービスに仕立て上げた。どちらのサービスも最適化されたのはユーザーの「体験」だ。

僕らが「当たり前」に使う新宿や渋谷の駅は、相変わらず外国人にとっては拷問のような迷路だ。それと同じことがほとんどの会社のリソースや既存の製品/サービスにいえる。それを改善できる可能性があるのがネットでありIoTだ。

もしかしたら、世界はインターネット包丁を求めているの「かも」しれないけど、、いや、やっぱりいらないよね(笑)。きっと誰かつくってると思うけど。

ヘルシンキのコンテンポラリーアートの美術館“Kiasma”にて。「あなた日本人?(写真の)彼は1/4日本人よ」と声をかけられた。フィンランドと日本、歴史的にも繋がりがあるけど、性格的にも穏やかで暗くてモジモジしてるところが似ていて馴染むって思う。また近い内に。

3月24-25日、「XPD2016 SPRING - Data × Design -」開催!

3月24日、25日、「体験をどうデザインするか?」をテーマに幅広いジャンルのスピーカーを招き、先端事例を交えながらUXやCXについて様々な角度から探るシリーズイベント「XPD」を開催します。

5回目を迎える今回のテーマは「Data × Design」。
いま世界ではさまざまなモノがデジタル化し、日々膨大なデータが蓄積されています。「企業は、それらをどう活かし新たな体験をデザインしていくのか?」という問いのもと、未来を描き続ける経営者やサイエンティスト、プロダクト開発者などを迎えて学ぶカンファレンス形式のDAY1、そしてワークショップ形式で学びを実践するDAY2の2日間です。
IoT、AI、ロボット、日々進化するテクノロジー。こんなキーワードにピンときた方は、ぜひご参加ください!

執筆者

諏訪光洋

代表取締役社長諏訪 光洋

1971年米国サンディエゴ生まれ。
慶応大学総合政策学部(SFC)を卒業後、JapanTimes社が設立したFMラジオ局「InterFM」(FMインターウェーブ株式会社)立ち上げに参画。クリエイティブ業務を経た後、同局最初のクリエイティブディレクターへ就任。1997年渡米。School of Visual Arts Digital Arts専攻を経て、NYでデザイナーとして活動。2000年にロフトワークを起業。

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