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Column コラム

「ない感覚」から感じる他者との違い、見えざる価値

satomi_haraguchi

パブリックリレーションズ
原口 さとみ

「ない感覚」から感じる他者との違い、見えざる価値

ダンス、とWikipediaで調べると、

伴奏に合わせて演じられる一連の動作である

と出る。誰でも編集できるWikipediaでこう表現されているということは、世間の一般的な解釈と認識してよさそうだ。ここに書かれている「伴奏に合わせて演じる」という行為。これは、伴奏が「聞こえる」ないしは「感じられる」ことが前提の表現であることに、きっと多くの人は気づいていない。

そんなことを考えさせたのは、5月26日に開催されたイベント「南村千里 来日トークイベント -身体、テクノロジー、アートの可能性-」だった。南村さんはロンドン在住のダンスアーティスト・振付家で、アジア、アフリカ、欧米等々、活躍する国は20を超える。最近では、ロンドンパラリンピックの開会式にもパフォーマーとして出演した。
南村さんは、生後7ヶ月で聴力を失った。だから、ハーモニーとは、メロディとは何かを、実感をもって理解はしていないという。そんな彼女は、音が聞こえないからこそ得る感覚からさまざまなクリエーションを行っている。

南村さんは、イギリスのダンスカンパニー「Candoco Dance Company」に入団するために渡英した際、聾者であることを述べると「(聞こえないなら)あなたは何ができるのですか」と問われたという。(日本では「(少々残念そうに)ああ、耳が聞こえないんですね」と返されることが多いらしい)
これをきっかけに、南村さんは「聞こえないからこそできること」を考えるようになった。

「ないからつくる」「できないからやる」。
イノベーションはまさにそんなところから始まるのではないか。新規事業開発、価値創造、クリエイティブの制作……どれも、ベースにあるのは人間の五感につながるはず。さまざまなクリエイターと共にナレッジや技術をオープンに共有しながらプロジェクトを行うロフトワークにとって、「感覚」を見直すことは大きなヒントを得る機会になると期待して、今回このトークセッションは開催された。

ロフトワーク代表の林千晶は、初めて南村さんに会った時にこんな話を聞いたそうだ。

「千晶さん、声って見えるんですよ。水の中で声を出すと、音は気泡という形になって表れるでしょ? 私には『音』が聞こえない。だから音を視覚表現に変える挑戦をしている」

イベントで、南村さんのクリエーションや思索のプロセスを聞き、自分の感覚に向き合った。

音楽を数学にすれば、音が見える

南村さんは、振動などから伝わるリズムで「音」を捉えているという。でも、メロディやハーモニーが何なのかは、腑に落ちない。理解したくて、様々なコンポーザー(作曲家)の著書を読み進めるなかで「音楽は数学だ」という表現を目にしてからは、数的表記法を使った「記譜」をつくり始め、それをもとに音を理解したり表現したりするようになったとという。


※記譜はアプリでの閲覧が可能です。ぜひダウンロードして実際に使ってみてくださいね。

上が記譜、下の図はフロア構成を表現

Ring the Changes+ Trailer from Chisato Minamimura on Vimeo.

音を視覚化させる独特な動きとデジタルアートをコラボレーションさせた作品「Ring the Changes+」

コントロールできる音、できない音

「しゃっくり、げっぷをコントロールできる? 誰でも同じ音がするの? 違う音?」南村さんの問いかけにざわめく会場へ、さらに問う。「げっぷの音は身体のどこから鳴っている?」


今まで、私は音について考える時に自分の「外の音」をどう認識するかにしか気が向いていなかった(ことに気がついた)。でも、音は、自分からも出る。音はインプットするだけでなくアウトプットもしている。ウーファーの前で足の裏に感じる重低音もひとつの「音の感覚」だけれど、自身から音が発される瞬間に肉体で感じる響きも「音の感覚」。

南村さんは、この感覚を作品に活かそうと考え、ダンサーは音を立てずに静かに踊るべしという暗黙のルールを壊し、ダンサーが身体で音を発する作品を制作した。(バレエやモダンダンスでは、身体を引き上げ極力足音を立てないように踊らないと、大抵ひどく注意される)
また、発話者に耳元で「あああーーー」と大きく言ってもらったり、少しボリュームを落としてもらったりする実験をした時、南村さんは「色が見えた」という。声色が変わると、見える色も変化する。その発見から、音の反響を調べて可視化し、動き(振り付け)に落として表現した作品もある。


音が聴こえるダンサーが、ある音を聴いてから、BGMなしに音自体を動きにして表現する作品「Time」


Shaping Sounds 2 from Guy Dartnell on Vimeo.

聾者自身の声が身体の動きによってサウンドトラックになり、それを発展させていくプロジェクト「Shaping Sounds 2」

肉体で自覚する、他者との違い

イベントの最後に、参加者でひとつの輪をつくりワークショップを行った。ひとつは、1人が手を叩き、隣の人が叩き、また隣の人が……と、1回のクラップをバトンのように回していくというもの。ゆったりと始め、どんどん加速して最速を目指す。

一度中断して、感想をシェアする。

南村さん「始めと最後の方、どう感じた?」
参加者「だんだん全体を見るようになった」「人の顔より手元を見るようになった」

今度は逆方向にどんどん回す。もっと早くするためにどうすればいいかを話し、輪を小さくしてリトライした。何度か回し感想を聞くと、輪が小さい方がやりやすい/大きい方がいい、と意見が割れた。南村さんは言う。「みんな感覚が違うんですね。そしてどちらが間違っている/正しい、というわけでもないことがわかりましたね」

次に、フロアを自由に歩き回り、南村さんが手を1回叩いたら止まる、2回叩いたらまた歩き出す、というワークを繰り返した。

何度か行ったのち、何の合図もなしに全員が自然に止まり、自然に動き出すことにトライ。

ここでまた感想をシェア。
「20秒歩いて5秒止まる、の規則を感じた」「目をつむると全体の雰囲気を感じた」「もっと止まっていたいのに、すぐ動き出す人が多い」「いつも動き出す人(先導する人)が同じだと思った」

ここで、南村さんから「動いているから止まる」のか、「止まるから動く」のか。どちらが気持ちいいか、それはなぜか?という投げかけが。

参加者「止まっている状態から動いた方が、自主性を持てて自信がもてる」「動いていて止まる方が、落ち着きを感じる」
南村さん「不思議だね、人によって感覚が違う。それは、このワークショップだけの話ではなくて、日々の過ごし方、日常にだって現れているはずで、何のことはない。自然なこと」

異なることは、豊かなこと

ワークショップで他者との違いを文字通り体感して思ったのは、障がいの有無で考えがちな「できる/できない」の違いは、誤解をおそれずにいえばナンセンスだということ。できる/できないの違いは、ネガティブではない。むしろ、その違いをシェアすることは、多角的にものを見るチャンスになる。異なるものの双方を知ることができるのは、多様で、豊かなことだと私は思う。

このイベントにはこんな期待も込められていた。
聾者である南村さんは、どんな感性で世界を捉えているのか。その感性・感覚を生かして新たな視点を社会に投げかけ、価値を生み出していけないか。試みをかたちにするために、ハッカソンなどを通じて、異なるスキルをもった人たちと、身体、テクノロジー、アートの融合した表現に挑戦したいーー。

イベントの冒頭で会場に向けて、「どんな立ち位置でこの挑戦に参加できるか、という視点で参加してほしい」という投げかけがあった。2時間半という時間のなかで、それぞれにどんな変化が生まれ、イメージが膨らんだのか。いつかそのイメージやアイデアが形になって、個性と個性が引き立てあう豊かな視点を提案できるものになったら、とても素敵だなと思う。


Special Thanks

今回、3名の手話通訳の方、そして急遽英語通訳に入っていただいた方に多大なご協力をいただきました。ご協力いただいたみなさん、本当にありがとうございました。

全体を通して、手話通訳3名の方が交代で、また英語の動画を流す際には英日通訳をしてくださいました。

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